「 一流の条件 」(山崎武也)を読んで
感想文:大阪営業所 高橋裕樹
人として「一流」であることの条件は何か。
常に人間社会全体の立場に立ち、「豊かな常識」と「鋭い洞察力」をもっていること。簡単なようだが、容易なことではない。近年、世の中は非常に便利になった。モノの質も、かなりよくなったが、ヒトの質はどうか。周囲を見ると、行動様式といい、考え方といい、どこか狂っているとしか思えない。真っ只中にいると、世の中の進むべき道を見失ってしまいがちになる。
組織や集団の内部ではエゴの突っ張り合いをし、外部にいる人たちのことを考える余裕もない状態になる。皆それに慣れてしまい、身勝手な行動に対して、非難はするものの、それをやめさせようとする積極的な努力はしない。自分たちも「長い物には巻かれろ」とばかりに、非難していた人たちの一味になってしまう。これでは人間社会は烏合の衆と化してしまう。「筋を通す」ことの重要性を、もう一度よく考えてみる必要がある。自分の信念が揺らいでいては駄目。世の中はめざましいスピ-ドで変化しているので、その中にあって、一つの信念を貫き通すのは、至難の業である。
一つのことを長い間続けていくためには、カタチが必要である。日本の伝統的な「道」はすべて、まずカタチから教え込んでいく。さまざまな形態の武道や茶道など、すべて挨拶の仕方から始まり、カタチをつくりあげていき、心を入れていく。単に独自性を主張するためには、ほかの人とは異なったスタイルを築きあげるだけでは、意味がない。道理に合った、誰もが納得するカタチをつくって、それを続けていく。
人として「一流」であることの条件は何であろうか。それは、常に人間社会の立場に立ち、「豊かな常識」と「鋭い洞察力」をもっていることである。
2019.11.29.